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2010 夏の沖縄 |
2010年7月下旬、'08年と同じメンバーで沖縄旅行に出かけた。宿泊は前回のムーンビーチの北に位置する、「ホテルリザンシーパーク谷茶ベイ」にした。このホテルは1993年オープンで、客室数558という、沖縄最大規模のファミリー向けリゾートホテルで、日本快水浴100選特選(環境省)に選ばれた800mに及ぶビーチをもつ。 |
(写真はクリックで拡大します。) | ||||
ホテル入口 | 外観 | エントランスからビーチを望む |
第1日目 ・今回は、前回より少し早い便で羽田を発った。前月末から無料になった沖縄自動車道・石川で降り、15時丁度にホテルに着いた。天候は生憎曇り、気温は30℃程度で、猛暑続きの東京地方よりも凌ぎ易い感じ。部屋は9階海側のツインルーム2部屋をつなぎ合わせたようなつくりで、広さは十分確保されている。ベランダからは遠くに本部半島、伊江島が望め、素晴しい眺望だ。 明日以降の天気も心配なので、孫達は最大の楽しみであるシュノーケリングを可能なうちにやっておこうということで、16:30出発の便に申し込む。10人乗りくらいの大型のゴムボートを水上スクーターが沖合いのポイントまで牽引し、30分ほどのシュノーケルを行って帰ってくるというもの。9階の部屋から双眼鏡を覗くと、北側沖合いにあるポイントに浮かぶボートが見える。また、ボートで帰ってくる様子もよく見える。ボートに乗っているときは、結構スピードが出ており、スリルがあるようだ。 |
9階の部屋からビーチ北側と シュノーケルのポイントを望む | 同左南側 ボートの出発場所が見える | ビーチ南端の灯台 |
シュノーケル出発前のボート | ビーチ前のハイビスカス | 同左 |
・夕食前に館内を歩いてみる。このホテルの特徴、印象は以下の通り。 @ 長いビーチと国道58号線に挟まれた細長い敷地に建てられているために、建物(本体と付属施設)の端から端までの長さは南北300m以上の大型タンカー並みである。収益性を高めるために、陸側にも「グリーンビュー」と称して客室を配置し、部屋数を確保しているが、海側との眺望の格差は著しい。 A 以上の結果として、駐車場は58号線の向こう側に配置され、かなり長い信号待ちが必要となる。信号を無視して渡る人も少なくない。 B 建物内の導線が長く、どの施設へ行くのにも、かなり歩かなければならない。例えば、大浴場、屋内・外のプールは建物の南端であり、北側先端の部屋からは、相当距離がある。忘れ物などしたら大変である。従業員の負担も大きいと思われる。とくに、大浴場は後から設置したらしく、2階から急な階段を下りたホテル本体外側にあり、屋根のない外を歩く必要がある。傘は用意してあるが、スコールのような雨に驚いた。 C 規模の大きいことのメリットも多い。多様な料飲施設が揃っており、コンビニ、沖縄特産品を始めとする物販、その他サービス施設も豊富である。 D 部屋もファミリー向けの大部屋を用意するなど、あらゆる客層に対応できるようになっている。ただし、規模が大きく、稼働率を維持するために団体客を積極的に取り込まざる得ないものとみられる。老夫婦がゆったりと静養したい、という向きにはお勧めできない。今回は、夏休みで小さな子供連れが殆ど、加えて沖縄で初めての全国高校総体(インターハイ)開催中で混雑していた。 また、ビーチが長く、海側の客室からの眺望が良いことは、前述の通り。特に、夕陽が素晴しいといわれているが、今回は曇りないし雨模様が続き、見ることはできなかった。 E 細かいことを列挙すれば、部屋のキーがカード式でなく一個しかないため、不便である。別行動の際は、キー保有者の居場所を確認しなければならない。また、部屋にチャイムがないため、ドアを開けてもらうのにノックが必要である。間違って隣室の人が顔を出したこともある。 便利な点としては、コインランドリーが各階に設置されていることが挙げられる。 ・最初の夕食は、やはり沖縄へ来たという雰囲気で、ということで、ホテルから5分程度の58号線沿いにある「〜琉球ダイニング〜冨着58番地」にした。田舎の沖縄料理店といった感じの店。「モズクの天ぷら」を初めて食べた。料金、味ともにリーズナブル。客は、目の前のサンマリーナホテルとリザンシーパークの宿泊客のようだ。ムーンビーチ周辺が飲食店等で賑わっているのに比べ、この辺はコンビニ1軒と飲食店が数件あるのみ。 |
ビーチ前のハイビスカス | 同左 | 玄関前花壇のサンタンカ(山丹花) |
第2日目 ・今日の午前中は、私のみ単独行動で読谷村へ出かけ、11時半に帰着(詳しくはこちら)。孫達も丁度ビーチから帰ったところだった。部屋から一番近いエレベーターで下りると、マリンカウンターがあり、その横の「オリエンタルキッチン エナ」で昼食。ここの「カレーバイキング」は、グルメサイトなどでもよく紹介されている。ビーチへの出入り口に位置しているが、中は比較的落ち着いた雰囲気だ。カレー7種類の他、温料理、パスタ、各種サラダ、デザートなどが用意されており、つい食べ過ぎてしまう。普段昼を軽く済ませている身にとっては、要注意である。野菜を混ぜたらしい緑色スープのタイ風シーフードカレーは、辛過ぎて食べられなかった。 ( 嘉手納 ) ・午後は周辺を回ることとした。昨年来沖縄の基地問題が頻繁に報道され、小学4年の孫にもこのテーマがインプットされているらしいので、まず嘉手納を目指し、58号線を那覇方向へ向かう。読谷村へ入ると左側の林が極東最大の弾薬庫、「嘉手納弾薬庫地区」であること、喜名番所の付近で、ペリーが浦賀へ行く前にここで休憩したことを説明する。嘉手納ロータリーを左折すると、右側は嘉手納基地となり、まもなく「道の駅嘉手納」に着く。駐車場はかなり埋まっているので、見学者はそこそこいるのであろう。レンタカーの「わ」ナンバーも見られる。屋上へ出ると、基地が展望できるが、小型の輸送機が見えるのみで、全く静かだ。これでは、子供の印象には残らないだろう。関心もない様子。大型の望遠カメラを三脚から外してテーブルの上に置いて休んでいる人がいた。戦闘機の発着等のシャッターチャンスは暫くないということのようだ。 |
嘉手納基地を望む | 同左 | 嘉手納基地と手前安保の丘 |
( 渡具知ビーチ ) ・読谷村へ戻り、58号の大湾交差点を左折して、渡具知ビーチへ。バーベキューなどができるレストハウスがあり、一帯が泊城公園として整備されているが、観光客はまず来ない場所である。貝殻拾いに適しているとの情報を得ていたため、干潮の時間を選んで寄ることとした。遠浅で珍しい形の岩が見られる美しい海岸である。 当初は貝殻拾いの積りだったが、生きたタカラガイを沢山採取でき、ペットボトルに海水とともに入れて持ち帰る。タカラガイの殻は陶器のような光沢があり、人気の高い貝のようだ。コレクターもいるようで、深海にいる珍しいものは数十万円もするという。アフリカ辺りでは、最近まで貨幣として使っていたところもあるらしい。宝貝の写真は撮りそこなった。ここから米軍が上陸した、などと言ってもピンと来ないのは已むを得まい。 |
干潮の渡具知ビーチ | 同左 | ウニ |
( さんご畑 ) ・58号線のバイパスから県道6号を残波岬方面に向かい、「むら咲むら」先の「GALA青い海」の前に「さんご畑」がある。 現在沖縄本島では、殆どサンゴを見ることができなくなっており、サンゴの再生への取り組みが行われているが、ここは金城浩二氏が、生業を投げ打ち、官庁や大手企業の支援を受けることなく、全く個人の力で10年の歳月をかけて再生事業に取り組み、2010年3月に一般公開に及んだものである。今年公開された映画「てぃだかんかん」は、この間の金城氏とその家族の歩んできた実話をベースに映画化したものである。ラスト近くの満月の夜の産卵場面は感動的だった。 「さんご畑」の特徴は、海での移植・養殖には限界があることから、天敵がおらず、赤土被害のない水質の管理された(外海よりも4〜5℃低い)、陸上の人工イノー(礁池)でサンゴを育成し、海へ移植するとともに、産卵させることにある。初めての産卵は、6月2日に確認され、目の前の海に放流、この事業の成功が確認された。サンゴの種苗から成長する様子などがいくつかの水槽、観察用水槽などで見ることができる。小学生を入場無料にしているのは、金城氏が子供世代に沖縄の海・サンゴの保全を託す気持ちと受けとめた。 ・因みに、正面入口の前に一見古い石造りの突堤がある。実は、1993年のNHK大河ドラマ「琉球の風」のオープンセットはこの地に作られ、「むら咲むら」はそれを利用したものであるが、この突堤はセットの一部として1990年頃築造されたそうだ。元来は、16世紀に倭寇への防御のために、那覇港に築造された「三重城」を再現したものらしい。多分中国や薩摩への船が出入りする港の光景が撮影されたのではないか。それにしても、大仕掛けなことをしたものである。環境破壊でもあるし、いかがかなものかという考え方もあったと思われるが、公共放送の事業で、沖縄観光にも資すると考え、知事が許可したものだろう。 |
正面入口 | 観察用水槽 | 同左 |
観察用水槽 | 同左 | 同左 |
サンゴの池 | 観察用水槽 | NHK大河ドラマ・ロケ用突堤 |
説明板 | 前の海 |
( 残波岬 ) ・残波岬へ寄って帰ることにした。夕陽で有名なところだが、雲が多く、かつ日没には少し時間があることから、見ることはできなかった。灯台は高さ30mで、沖縄で最も高い灯台だそうだ。 近くに海を指差している泰期(たいき)という人の銅像があった。最近建てられたもののようだ。14世紀後半、中山王の命により、中国交易を始めた読谷出身の商人で、琉球の大交易時代の魁となったとされている。また、灯台の手前の「残波岬いこいの広場」には高さ7mという巨大なシーサーがあった。これも沖縄一のようだ(ページトップの写真)。 |
残波岬灯台 | 残波岬夕方の海 | 泰期像 |
・今日の夕食は、私以外は琉球舞踊を見たことがないので、琉球舞踊を上演しているホテル内の「沖縄屋台村」にした。ホテル本体北側のチャペルに隣接したドーム型の催場のような施設に屋台を並べ、19:30と20:30の2回上演される。冷房はなし(高所の扇風機のみ)、料理も特に特徴はないが、いかにも沖縄へ来たという感じを持つことができるのではないかと思う。誘客効果は大きく、満席でピーク時の料飲需要を取り込む仕掛けになっている。 |
琉球舞踊・古典舞踊 | 同・雑(ぞう)踊り | 同・民俗舞踊(エイサー) |
第3日目 ・夕べはかなり降った雨も止んだので、朝食前にハマヒルガオの群生が見られるという、近くの冨着ビーチへ行く。このビーチは、サンマリーナビーチとタイガービーチの間にある、何も施設のない綺麗な天然のビーチだ。ある観光ガイド雑誌に、本島で1、2のビーチとの記事があった。地元の人が浜でパーティーをやることがある程度の他、観光客は来ないところである。朝7時前のこの時間、浜には誰もいない。 |
(写真はクリックで拡大します。) | ||||
ハマヒルガオ群生 | 同左 | 冨着ビーチ・南側 |
( 美ら海水族館 ) ・今回も美ら海水族館へ行くことにした。自動車道の終点、許田まで行き「道の駅許田」でチケットを買う。今日の最高気温は、30℃を下回るという予報が出ていたが、駐車場から水族館への移動も前回のような蒸し暑さはない。雨模様の天候のため、ビーチ遊びを止めて水族館へ来た人もいるのであろう、館内の混雑は前回以上である。人気のジンベイザメが見られる7,500トン水槽の前は、殆ど立錐の余地もない状況である。この季節は、午前の早い時間や夕方にしないと、ゆっくりとは見られないようだが、本部や名護辺りに泊まっていない限り、午前中の早い時間の来館は難しく、昼前後はどうしても混雑してしまうのであろう。水族館側も、夕方4時以降3割引などの混雑緩和策を講じてはいる。 過去2回ジンベイザメやマンタの写真はかなり撮ったので、それ以外の写真を撮ろうと努めたが、なかなか難しかった。 |
水族館入口前・ハイビスカス | 同左 | 同左・オオバナアリアケカズラ |
・当初はこの後、東村の慶佐次ヒルギ林へ行き、干潮時の干潟で珍しい生物を観察する計画だったが、天候も回復してきたので、2回目のシュノーケルを今日中に行うべく、ホテルに帰ることとした。 途中「御菓子御殿恩名店」に寄り昼食、土産物を買い込んだ。この会社の本店は、読谷村にあり、地元名産の紅イモを使って「紅芋タルト」を開発、これがヒットして規模を拡大したもので、「紅芋タルト」は、他社も参入し現在ではどこでも見られる沖縄土産になっている。恩名店は58号線沿いの観光ルート上にあり、首里城正殿を模したユニークな外観はかなり目立つ存在で、団体旅行の恰好の立ち寄り場所になっている。なお、昨日その前を通った残波岬手前の本店は、屋根が琉球舞踊の被り物の形をしている。因みに、「サツマイモ」というが、そもそもは17世紀初頭に琉球にまずもたらされ、今の嘉手納付近で栽培され始めたものである。沖縄では「カライモ」である。 ・夕食は、1階南端マリンカウンター裏の「カフェ・ルマーニ」にした。カジュアルな感じのイタリアンで、キッズメニューもあり、子供連れに向いている普通のレストランだ。なお、ここも後で増築したらしく、一旦建物本体の外に出てから店内に入るようになっている。 |
御菓子御殿恩名店正面 | 同左・シーサー | 同左・2階レストランから名護方面を望む |
第4日目 ・今日は朝から本格的な雨になってしまった。波もあり、マリンレジャーは、終日休業。午前中は、ゲームセンターで遊ぶ。昼食は、2階のラウンジ「プラシャンテ」で「飲茶&スィーツバイキング」にした。ガラス越しに東シナ海を眺める雰囲気の良い場所だ。今回の昼食では一番評判が良かった。 午後は雨の中、58号線沿いの貝の店へ行き、タカラガイの肉抜き方法を聞く。タカラガイは肉が出し難く、また腐臭が激しくかつ毒があり危険だということまでは分かっていたが、具体的な処理方法を知らないため、地元の人に聞こうというわけ。地元で長年貝を扱っているご老人の店主によれば、砂の中に1ヶ月程度埋めておき、その後水洗いすれば綺麗に肉が取れるとのこと。そうした処理を経たタカラガイが沢山陳列してあった。帰りに、「恩名ガラス工房」に寄り、沖縄ガラスの製品を見る。 その後、干潮で岩場が現れ、雨も殆ど止んだので、貝探しに行く。タカラガイが3つ採れた。 ・夕方になり、景勝地として有名な万座毛へ寄り、万座ビーチホテルへ向かう。今回も沖縄最後の夕食を「アクア・ベル」のディナーバイキングにした。メインの料理は、「伊勢海老のグリル楽園スタイル」と「万座沖海洋深層水を使い焼き上げた沖縄近海の鯛」のようだ。いずれも美味しい。その他、野菜を使った温料理各種、サラダが豊富でデザート、沖縄フルーツのカッティングも良かった。 |
ラウンジ・プラシャンテのカウンター席 | 万座毛 | 万座毛からANAインターコンチネンタル 万座ビーチリゾートを望む |
第5日目 ・天気は回復方向のようだ。マリンレジャーも今日は営業するというので、孫たちは「ドラゴンボート」に乗る。シュノーケルに行くときに乗ったボートで、ビーチの沖合いをかなりのスピードで走ったり、急旋回するものでかなりスリルがありそうだ。その間私は、当初予定していた仲泊遺跡を見に行くことにした。 ・11時にチェックアウトし、小学生の社会科の勉強ということで、首里城に向かう。 那覇観光の目玉だけに、地下駐車場は略満車だ。「守禮門」から「園比屋武御嶽石門」の前を通り、歓会門を正殿に向かう。正殿は、年内完了目途に塗装工事中で、覆いが掛けられていた。初めての人にとっては、写真にならず、落胆したのではないか。確かに以前の鮮やかな朱色が、ややくすんでいるようだった。 ただ、ひどく蒸し暑く汗が噴出すような状況での見学は難行というほかなく、夏は史跡巡りには適当でないと実感した。最適なのは、3年半前の最高気温20℃程度の、花見の季節でもある2月頃であろう。 ・いずれにせよ、今回の沖縄旅行は、途中雨に降られることもあったが、当初の予定は一応消化し、無事全行程を終えることができた。空港に着いた頃にはすっかり晴れて、青空になり、やや恨めしい感じもした。 |
守禮門 | 園比屋武御嶽石門 | 園比屋武御嶽石門裏の聖なる地 |
歓会門 | 瑞泉門 | 漏刻門 |
奉神門 | 正殿の屋根飾り | 漏刻門内側から歓会門を望む |
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