1. 戦跡
(シュガーローフ) 那覇新都心(おもろまち)のDFS前に、頂上部に配水タンクが置かれた丘がある(安里配水池公園という)。沖縄戦における激戦の一つであるシュガーローフの戦いと呼ばれる戦闘があった丘である (シュガーローフは米軍の呼称、日本軍は安里五二高地と呼んでいた)。那覇の市街地は1944年10月10日の「10・10空襲」と呼ばれる9時間に及ぶ大空襲により、その90%が焼失していたが、1945年5月12日~18日に、日本軍は、首里司令部至近のこの地まで迫って来た米軍を阻止する最後の砦として、凄惨な死闘を繰り返した。日本側の戦死者は不明だが、米軍は2,662人の戦死者と1,299人の戦闘疲労症(一種の精神異常)を出したという。ここを突破された4日後に日本軍は首里司令部の放棄を決め、5/27南部への撤退を開始し、一か月にわたる住民を巻き込んだ、何ともやりきれない南部の戦闘が始まるのである。
新都心開発計画では、丘全体を切崩し、平地にして利用しようという案もあったが、激戦の跡を残したいという運動があり、一部を公園として残したものである。巨大な配水タンクの脇の展望台からは首里城が望める。
|